新しい元号「令和」が始まった2019年。日本の元号は中国の古い書物の言葉から引用するケースが多い中、令和は日本の「万葉集」から引用されたことで話題を呼びました。檜風呂の材料であるヒノキは歴史が深く、万葉集にもヒノキに関する言葉を見つけることができます。今回は、令和元年にちなんで、万葉集に書かれているヒノキについて紹介します。

令和元年で注目!万葉集とは?

元号「令和」が引用された万葉集は、奈良時代に編集された日本最古の歌集です。万葉集の作者は不明で、日本全国のさまざまな歌が載せられています。特に、天皇や貴族など当時身分の高い位から、農民など一般庶民など、幅広い層の歌を集めているのも万葉集の大きな特徴です。

万葉集にも登場しているヒノキ

元号「令和」の選定で一躍話題となった万葉集ですが、その中にヒノキの事を扱った歌もあります。具体的にどのような歌があるかみていきましょう。

~石走る 近江の国の 衣手の 田上山の

真木さく 檜(ひ)のつまでを  もののふの八十(やそ)宇治川に

玉藻なす 浮かべ流せれ~

(近江の国の田上山では、ヒノキの丸太を宇治川に浮かべながら流している)

~泉の川に 持ち越せる 真木(まき)のつまでを  百足らず

筏(いかだ)に作り  のぼすらむ~

(泉川に持ち込んだ檜でイカダを作り、川上へ運ぶのであろう)

こ当時は、天然のヒノキが豊富であったのでしょう。歌をみると、古くからヒノキは重要な築材として用いられたことが想像できます。

人々にも親しまれていたヒノキ素材

建築材として用いられていたヒノキ材ですが、万葉集以外の歌からも、人々の生活を垣間見ることができます。万葉集の歌人「柿本人麿(かきのもとひとまろ)」のヒノキに関する歌をみてみましょう。

~いにしへに ありけむ人も わが如か 三輪の檜原に 插頭(かざし)折りけむ

(古代の人も、私と同じように三輪のヒノキの枝をカンザシにしていたのだろうか)

当時からおしゃれとして、花や木の枝を髪飾りとして楽しむ風習がありました。かぐわしい香りのするヒノキの枝は、身だしなみのうえでも人気のある小道具だったのに違いません。

ヒノキ材を使った製品で風情を堪能しよう

万葉集をはじめとする日本古代の歌をみると、ヒノキが古くから人々の生活にも根差した木であったことが伺えます。日本の古代の歌集にもある歴史あるヒノキに触れると、なにか神秘的な気持ちがするはずです。新元号「令和」にちなんで、檜風呂など身近にヒノキ製品を取り入れて、風雅を味わうのもよいですね。